脳神経科
猫伝染性腹膜炎(FIP)の治療について
脳神経・整形科の診療を担当しております獣医師の宇津木です。
今回は猫伝染性腹膜炎(FIP)の近年の治療についてお話ししたいと思います。
FIPとは腸に感染する弱毒の猫コロナウイルス(FECV)が猫の体内で強毒のFIPウイルス(FIPV)へ突然変異し、このFIPVが単球およびマクロファージに感染・増殖することでFIPを発症します。
FIPは若齢(2歳齢未満)での発症が多く、主な症状として発熱、胸水・腹水の貯留や運動失調、てんかん発作や行動の変化などの神経症状が挙げられます。
これまで長年に渡ってFIPに対する有効なワクチンや治療方法はなく、FIPを発症した猫のほとんどが亡くなってしまいました。
しかし、近年FIPに対する抗ウイルス薬(レムデシビルやGS-441524)が登場し、寛解することが可能になりました。
FIP を発症した猫をレムデシビルとGS-441524 の組み合わせで治療した2023年に発表された論文では、約80%の猫が3ヶ月間の治療期間の終了時点で寛解し、生存していたと報告されています。
ちなみにGS-441524は以前、コピー品がブラックマーケットに流通し高額で取引されていましたが、現在はイギリスやオーストラリアでレムデシビル(注射薬)やGS-441524(経口薬)がFIP治療薬として販売されおり、これらの薬剤を使用した治療プロトコールが国際猫医学会(ISFM)から示されていますので、当院でもこれらを使用してFIPの治療を行っています。
FIPの治療でお困りの猫ちゃんがいらっしゃいましたらご相談下さい。
新しいMRI装置について
脳神経科の診療を担当しております獣医師の宇津木です。
今回は、2023年3月にMRI装置を新しく入れ替えましたのでご紹介したいと思います。
当院のMRI装置は、10年以上使用していたことから、老朽化によりエラーが出るようになっていたことや、画質向上のため新機種に入れ替えを行いました。
今回入れ替えた機種は、富士フイルムヘルスケア(以前の日立)製の永久磁石方式MRIであるAIRIS Vento Plusという機種です。
同じ0.3T(テスラ)の永久磁石方式の機種での入れ替えとなりますが、空間分解能の向上により、従来機種と同等の撮像時間で画像が向上しています(下図)。
永久磁石方式のMRIのメリットとして、省スペースであることや電力消費量が少ないなどがありますが、患者様へのメリットのひとつとして、1.5Tや3Tなどの磁場強度の強いMRIだと、骨折などの固定に使用したチタンなど非磁性体以外(例えばステンレス)の材質のプレートやスクリューが体内に入っていると、発熱や吸着などのリスクがあることから検査が出来ない場合がありますが、0.3Tの機種であれば多くの場合で検査可能なことが挙げられます。ただし、金属の種類や設置部位、検査部位によっては検査ができないこともありますので、診察時にご相談下さい。
手術用顕微鏡について
こんにちは。
脳神経科の診療を担当しております獣医師の宇津木です。
今回は手術用顕微鏡についてお話させて頂きます。
先日、猫の尿管結石のブログで消化器・泌尿器科の庄山先生も取り上げていましたが、脳神経科の手術も術野が狭い手術が多いことから、多くの手術を手術用顕微鏡を用いて行なっています。
ちなみに当院ではライカ社のPROvidoという顕微鏡を使用しています。
例えば頚部椎間板ヘルニアの症例では、罹患した頚椎の中央にドリルで2~3mm幅の穴(スロット)を開け、そのスロットから脊髄を圧迫している椎間板物質を摘出するベントラルスロットという手術をよく行います。
術野が深い上に2~3mmしかありませんので、肉眼では脊柱管内の構造がほとんど見えませんが、顕微鏡を用いると術野を照明しながら10倍前後にまで拡大できるため、写真のようにスロットの内部がはっきりと見えるようになり、正確かつ細かな手術が可能になります。
一度、顕微鏡を用いて手術を行うと、顕微鏡なしでは手術できないほど重宝しており、このような設備を整えて頂ける病院にとても感謝しています。
椎間板ヘルニアなどで手術が必要なわんちゃん、ねこちゃんがいましたら当院スタッフまでご相談ください。
脳神経科からお知らせです(電気生理学的検査)
こんにちは。
脳神経科の獣医師の宇津木です。
今回は電気生理学的検査についてご紹介いたします。
神経疾患の診断はMRIによる画像診断とイメージされている方も多いと思います。
MRIは脳や脊髄の形態の異常を検出しており、神経の機能診断はできません(人ではfunctional MRIなどで脳の機能検査も行われているようです)。
神経の機能を客観的に評価するには電気生理学的検査を行います。
電気生理学的検査は生体内で発生する電位の変化を捉える検査で、写真のようなニューロパックという機械を使用して行います。
電気生理学的検査には神経伝導検査(F波検査、運動神経伝導検査、感覚神経伝導検査、反復刺激試験)や筋電図検査などがあり、MRIで異常が検出できない末梢神経の疾患(ニューロパチー)や多発性筋炎といった筋疾患の精査に有用です。
その他、耳が聞こえているか客観的に評価したり、脳幹の機能が評価できる聴性脳幹誘発反応(BAER)といった検査もあります。
MRI検査で異常が見つからない場合でも、電気生理学的検査で異常が見つかることもあり、必要に応じて検査をご提案していきますので該当症例がいましたらご相談下さい。
神経科の診療が始まりました
こんにちは、獣医師の座古です。
年が明けて1月から神経科ができ、診療が始まりました。
診療日は月曜、水曜、金曜、日曜の週4日です。
神経科の担当は宇津木先生です(写真でMRIの撮影をしています)。
私もサポートスタッフとして神経科の診療に参加しています。
さて、神経の病気というとどういったイメージをお持ちですか?
実は神経の病気の症状には様々なものがあります。
歩けなくなる、立てなくなる、けいれんが起きる、首が曲がる、眼が見えなくなる、ものが飲み込めなくなる、行動が変わる、性格が変わる、などなど、いろいろな症状の原因に神経が関わっていることがあります。
神経の病気は、そうした症状から原因を推測し、検査をおこなって診断を確定していきます。
症状によって必要な検査は様々ですが、MRI検査が必要になることもあります。
MRIは脳や脊髄といった外からは見えない、からだの奥にある神経を調べることができます。
麻酔が必要な検査ですが、磁力を使った検査なので放射線の被曝はありません。
写真は先日、神経科で撮影したMRIの画像です。
頭の中の脳を撮影しています。
このMRI検査では、脳実質と呼ばれる部分(写真の灰色のところ)が縮まっていて、脳脊髄液と呼ばれる液体の部分(白いところ)が増えている、ということがわかりました。
脳が萎縮していると判断されます。
症状やMRI検査の結果などををもとに、認知症(痴呆)と診断しました。
神経症状はさまざまな症状があるためわかりにくく、それが病気なのか?神経科を受診したほうがいいのか?などの判断が、ご家庭ではつかないこともあります。
なにか変わったことがあったらまずはスタッフへご相談いただき、必要に応じて神経科もご利用いただければと思います。
こんにちは、獣医師の鵜飼です
こんにちは、獣医師の鵜飼です。
暑い日が続いていますが、いかがお過ごしですか?
私の近況はというと、先日、獣医神経病学会という学会に参加してきました。
この学会はその名の通り、獣医学、特に犬や猫における神経病学を主体に研究や治療の共有・報告を実施しています。
私は大学生時代から神経病学に興味があり、この学会に参加してました。
学生時代は神経病学の難しいメカニズムや病態生理学などの理解に苦しんでいたことを覚えています。
今は理解できることが増えて、神経病学の難しさも非常に面白く感じています。
また先日の学会は獣医神経病学に関連のある人だけでなく、放射線治療専門医の講演や、ヒト医療の医者によるコミュニケーションについての講演など非常に勉強になるものでした。
学会で得た情報を元に、以後の治療に結びつけていければ、救える命が増えればいいなと思います。
暑い夏、みなさんくれぐれも体調には気をつけてお過ごし下さい。
平衡感覚について
こんにちは.獣医師の鵜飼です.
2016年になり,早くも2ヶ月が経ちましたね.
みなさんは今年の抱負は立てていますか.
私はいろいろと考えましたが,今年の抱負は,『英語力を上げて字幕無しで洋画を見れるようにする!』にしました.
なかば願望ですが…
さて,本日は神経症状の一つである,「平衡(へいこう)感覚」についてお話したいと思います.
そもそも平衡感覚とは何でしょう?
答えは,日常生活で身体のバランスや姿勢を調整する働きのことです.
この感覚が障害を受けると,まっすぐ歩けなかったり,眼が回ったりします.
平衡感覚は以下の3つの感覚が協力して働いています.
- 皮膚感覚
- 視覚
- 前庭系
上記の3つのうち,どれか1つが欠けるだけで,平衡感覚障害,つまりからだのバランスがうまくとれないといった症状が認められます.
皮膚感覚:私たち人も犬・猫も通常は触覚から,空間を認知しています.つまり,空間の中で自分の手足・身体がどこにあるのかを無意識に把握します.
視覚:眼で見ることで,空間の上下左右前後などを理解しています.視覚の低下によって,ふらつきやからだのバランスが取れなくなります.例えば,目隠しして歩いた時など.
前庭系:名前が専門的で難しいので,聞き慣れない人も多いと思いますが,耳の中にある三半規管の機能です.同様に身体のバランスや動きの変化を脳に伝えます.
では,よく遭遇するもので,例をあげてみます.
まずは人で・・・船酔いの状態.
・船上での慣れない環境(連続的な揺れや振動など)で,③三半規管がうまく働かなくなっています.
この時多くの人が,横になり船と体を密着させて,①皮膚からの平衡感覚を増やします.つまり①と②で③の分を補おうとしてます.
次はワンちゃんで・・・老齢犬に起こる,特発性前庭障害と言われる病気
・急に三半規管の機能が低下する病気です.船酔いの時と同じで,身体を出来るだけ床に付けて,じっと動かないことが多いですね.これも③前庭系機能を補っています.
**こんな時に注意して欲しいこと**
急にワンちゃんを抱っこして持ち上げると,①皮膚感覚の補助が取り除かれてしまい,平衡感覚が低下して,大パニックになってしまいます.
→対処法:からだを出来るだけワンちゃんに接して抱っこしてみてください.
少し専門的で難しい話でしたね.この感覚は私達も持ち合わせており,大事な機能ですので,頭のどこかに入れておいてもいいかもしれません.
何か気になることがあれば,何でも構いませんので,いつでも相談してくださいね.
椎間板ヘルニア ~犬と人の病態の違い~
こんにちは。獣医師の鵜飼です。
最近日差しの強い日が目立ち、夏の気配を感じますが、皆様は元気にお過ごしでしょうか。
私は先週から家のエアコンを始動しました。
さて、今日はよく知られている椎間板ヘルニアについて犬と人との違いを交えながらお話ししたいと思います。
まず、椎間板とは背骨と背骨の間にあり、運動時に背骨へ加わる衝撃を緩和・吸収する、いわば、クッション材の役割をしています。
この椎間板は、2層構造を形成しており、中心部にクッション材のゼリー状(ゼラチン様)物質、それを取り囲むように外側に線維層のカプセルを形成しています。これは犬も人も同じです。
人の場合、日々の生活で腰を曲げ伸ばしすることで生じる負荷に椎間板が耐えようとし、外側の線維層が分厚くなります。
これが脊髄を圧迫するため長い時間をかけて徐々に手足の痺れなどを起こすと言われています。
しかし、ミニチュアダックスフンド、トイプードル、フレンチブルドックなどの犬種(軟骨異栄養犬種)は2歳頃までに中心部のゼリー状物質が硬く変化してしまいます。
そのため,線維層に亀裂を加えていき、完全に裂けることで硬く変化したゼリーが脊髄へ衝突します。そのため、犬の椎間板ヘルニアの多くはいつも急激に前触れなく起きます。
これらの理由から、人のものと比較して犬の急性のヘルニアは脊髄への障害が重度なことがしばしばあります。
もちろん犬にも人の様な椎間板ヘルニアは認められ,特に大型犬でよく認められます。
以上が人と犬の大きな違いでした。また、珍しいですが猫にも椎間板ヘルニアは起きます。
椎間板ヘルニアはミニチュアダックスフンドで圧倒的に多い疾患です。
ある報告では、ミニチュアダックスフンドの4頭に1頭がこの病気になると考えられています。
これほど発生率の高い病気はないかもしれません。
ご家族の犬・猫の手足に不自由が認められたり、歩けなくなってしまった場合は早めに動物病院へ相談してくださいね。
引用:Canine and Feline Neurology
動物の脳腫瘍
こんにちは。獣医師の金園です。
脳腫瘍は誰にとっても一大事です。
まさか、と思ってしまいますが、犬の脳腫瘍の発生率は人間よりも多いことが幾つかの研究で報告されており、残念ながら珍しい病気では無いという感触があります。
治療には様々な方法を慎重に選択しますが、最近の患者さんを2名ご紹介しましょう。
治療前
2回の抗がん治療後
御自宅での生活も順調で、体調も良く病気の症状もほとんど認められず元気に生活できているそうです。
治療はまだ続きますが、引き続き楽しい生活を続けて頂けるよう願っています。
手術前
手術直後
術後経過も非常に順調で、手術翌日からご飯もよく食べ、陽気に歩き回っていました。
退院後の経過も順調で、また楽しく生活できていることがとても嬉しく思います。
動物の脳腫瘍、特に猫の脳腫瘍は「何となく元気が無い、食欲が無い」などの症状しか出ないことも多く、早期発見・早期治療がとても難しいですが、ひょっとしたら、という場合にはまずはかかりつけ医にご相談され、その後専門施設を受診されることをお勧めいたします。
けいれん発作が起きたときの対処法
こんにちは、獣医師の鵜飼です。
年の瀬ですね、2014年も残り1週間となりましたが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。
今回は、けいれん発作が起きたときの対処法をお話したいと思います。
けいれん発作は緊急として昼夜問わず病院へ運ばれてくることが多いものの一つであり、この年末年始にもご経験される方もいらっしゃると思います。
まず、人と同じように犬でも猫でも起きます。
見慣れていない方が全身性のけいれん発作を見るとパニックになってしまうこともしばしばあるかと思います。
原因として、大脳皮質と言われる大脳表面の皺の部分に障害が生じると発生すると考えられています。つまり、根本的な原因が何にせよ、大脳皮質が障害を受けると生じます
*脳自体の障害:特発性てんかん(一般的に”てんかん”と言われているもの)、 脳炎、脳腫瘍、脳梗塞など
*脳以外の障害:血液成分の異常、肝臓疾患など
これらの疾患はどれであっても同じようなけいれん発作を起こすので、原因の病気を診断して治療していく必要があります。
では、本題のご自宅・外出先でけいれん発作が起こったらどうするか。
・顔の周りは絶対に触らない
・周囲にある、ぶつかると危ないものをどける
・けいれん発作の時間を測る、動画に撮る
・止まった後、犬・猫の状態をしっかり見る
・群発発作、重責発作(下記に説明)になれば、昼夜問わず病院へ
一般に、けいれん発作は脳が過剰な興奮状態にあります。そのため、止めようとして抱っこしたり、必死に呼びかけたりしても、残念ながら止まりません。
けいれん発作中は意識が消失していることがほとんどなため、抱っこする際に手を噛まれたりするケースが多いです。噛む力も無意識であるため非常に強く危険です。
また、抱っこした腕から落ちてしまう危険もあります。
では、そのままにしておくのか?
多くの場合けいれん発作自体は2-3分、長くても5分以内に自然に止まります。
そのため、止めようと抱っこするのではなく、周囲のぶつかると危険なものをどけることが大事です。
また、けいれん発作の時間を測り、携帯などで動画を撮ることが今後病院へ来院したときの診断・治療の一助となります。
けいれんには様々なタイプがあり、口頭での説明では獣医師にうまく伝わらないことが度々あります。
動画があれば、一見ですべて伝わりますので、ぜひ活用してください。
そしてけいれん発作が終わった後も犬・猫の様子をしっかり見てあげてください。
いつもと同じように戻っているのであれば、焦って病院へ連れて行く必要はありません。
夜間であれば、翌日以降の診察に行かれることをお勧めします。しかし、ぐったりしていたり、呼びかけにも反応しない、以下のような状態であれば、すぐに病院へ連絡してください。
・群発発作:1日に発作が2回以上、何度も起こす場
・重責発作:発作の時間が5分以上続く、または1回目の発作が終わった後、意識が戻らない(呼びかけに反応しない)まま、2回目の発作が起きる
上記の場合は、けいれん発作の緊急事態ですので、早めに病院へご連絡ください。
年末年始にご家族の犬ちゃん・猫ちゃんにけいれん発作が起きないことを祈っています。
米国獣医内科学学会
神経科の金園です。
先月にテネシー州ナッシュビルで開かれた、米国獣医内科学学会に出席してきました。
この学学会は毎年6月に全米各地を転々としながら開催されるもので規模がとても大きいのですが、今回の会場兼ホテルは、そんなものを軽く飲み込んでしまえそうな程巨大で、ホテルの中に街がありそうな感じでした。
同じ週末に丁度カントリーミュージックの全米一規模の大きな大会がナッシュビルで開かれており、ダウンタウンはカントリーミュージックに染まっていました。
(他のHPより転載)
全米・欧州から沢山の神経科医が集まり素晴らしい講演が盛りだくさんだったのは勿論のこと、懐かしい同僚や友達、恩師達との楽しい一時を過ごす事が出来て何よりでした。
また、今回はちょっと大切な物を受け取る事がもう一つの目的でした。
前年の専門医試験合格者達がこの1枚の紙を受け取りに行くのです。
無事に受け取って恩師らと共にお祝いをし、風邪を友達にうつして帰国致しました。
来年はインディアナ州のインディアナポリスですので、今から楽しみです。