呼吸器の病気
上気道疾患
猫上気道呼吸器感染症(FURTD)
FURTDは猫好き界隈で『猫カゼ』と呼ばれている疾患で、主に猫ヘルペス1型(FHV-1)あるいは猫カリシウイルス(FCV)などのウイルスや細菌の単独あるいは複合感染によって発症する感染症です。発症から10日以内を急性型と呼び、難治性の場合や感染症以外の疾患(アレルギー、異物、腫瘍など)が併発している場合は発症から11日以上継続し、慢性型へと移行することもあります。
症状
下記表のような症状が一般的です。
臨床徴候 | FHV-1 | FCV | B.bronchiceptica | C.felis |
---|---|---|---|---|
全身性倦怠感 | +++ | + | + | + |
くしゃみ | +++ | + | ++ | + |
結膜炎 | ++ | + | - | +++ |
流涎 | ++ | - | - | - |
眼脂 | +++ | + | (+) | +++ |
鼻汁 | +++ | + | ++ | + |
口内炎 | (+) | +++ | - | - |
角膜炎 | + | - | - | - |
咳 | (+) | - | ++ | - |
肺炎 | (+) | (+) | + | + / - |
跛行 | - | + | - | - |
表:FURTDの主な臨床徴候

左図:FHV感染猫の典型的な臨床兆候
重度の眼脂とくしゃみを認める。
治療法
無治療で自然軽快することが多いですが、発熱や食欲不振、膿性鼻汁がある場合は抗菌薬や抗ウイルス薬、インターフェロン療法を行うとともに皮下点滴などの対症治療を実施します。
犬の短頭種気道症候群
犬の短頭種気道症候群はブルドッグ(イングリッシュ・ブルドッグ、フレンチ・ブルドッグ)、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル、シー・ズー、パグ、ボストン・テリア、ペキニーズ、ボクサーといった短頭犬種に認められる疾患です。短頭犬種は、鼻が狭い、軟口蓋(のどの組織)が長い・分厚い、気管が狭くて細いなど、一見すると個性と考えられるこれらの先天的な解剖学的特徴によって常に息が吸いにくい疾患です。さらにこの息が吸いにくい状態が持続すると、咽頭虚脱、喉頭小嚢外転、喉頭虚脱、気管支虚脱などの二次的な変化をきたし、より症状が重篤化していく慢性進行性および複合的疾患でもあります。特に高温多湿の環境下(夏など)ではさらに呼吸状態が悪化し、熱中症に陥りやすいため要注意な疾患です。疾患の問題点はこの病気への理解が少ないことです。“短頭種だからこんな呼吸だよね”とよく耳にしますが、それは動物から発せられた呼吸困難のサインです。立派な疾患であり治療を行うことで呼吸が楽になるということを飼い主、獣医師ともに理解しなければならない疾患です。

図:一次性および二次性病変所見
A: 軟口蓋過長
A-1: X線検査では軟口蓋の肥厚, 過長の程度が評価できる
A-2: 確定診断は内視鏡下で軟口蓋が喉頭蓋の先端を顕著に超えている所見より診断する。
B: 外鼻孔狭窄 外鼻孔は狭小化している
C: 気管低形成
C-1: X線検査で全域にわたって気管が狭窄している。
C-2: 気管支鏡検査では膜性壁の筋肉は欠損し, 気管軟骨は気管輪は狭まっている。
D: 鼻咽頭鼻甲介 鼻咽頭内に鼻甲介が逸脱している
E: 喉頭虚脱ステージ1 喉頭小嚢の外転を認める。
症状
いびき、睡眠時無呼吸症候群、頻呼吸やチアノーゼ(興奮時)、呼吸時のガーガー音・ブーブー音、失神、運動を嫌がる、咳など。嘔吐などの消化器症状も比較的多く認められます。
治療法
多くは外科的治療(外鼻孔拡張、軟口蓋切除など)が必要となります。前述したように本疾患は複合疾患であるため、検査結果次第では複数の手術を同時に実施する場合があります。手術の適応かどうかはグレード分類により決定します。手術適応はグレード2以上で実施し、グレード1の場合には経過観察とし、症状の悪化が見られれば手術となります。当院呼吸器科では、手術前にX線透視検査や内視鏡検査を必ず実施し、手術が必要な部位を検査結果に基づいて個別化でプランニングしています。

表:短頭種気道症候群のグレード分類法について
鼻咽頭狭窄
鼻咽頭狭窄は鼻咽頭部の内腔が閉塞してしまう疾患です。若齢〜中年齢での発生が多く、犬よりも猫で多く見られます。原因は、上気道の持続的な感染、麻酔後の逆流、嘔吐物の吸引、外傷などに続発することがほとんどです。
症状
鼻閉音、いびき、開口呼吸、努力性呼吸、嚥下困難など。このような様子が数ヶ月〜数年持続している場合もあります。慢性鼻炎を併発している場合には鼻汁やくしゃみなどの鼻炎症状も見られます。
治療法
鼻咽頭狭窄の治療の第一選択は鼻咽頭バルーン拡張術です。狭窄した鼻咽頭にバルーンを設置し拡張させることで狭窄部位を広げます。1回の拡張では不十分なことが多く、2~3回拡張することで治療成績が上がります。また慢性鼻炎を併発している場合には同時に鼻炎に対する治療も行います。

図:バルーン拡張術実施時のX線透視画像

治療前と治療後2ヶ月目の比較
バルーン拡張術後に鼻咽頭が開いていることがわかる
喉頭麻痺
喉頭とは『のど』のことで発声、嚥下そして呼吸と3役も担っている重要な器官です。喉頭麻痺とは喉頭を支配する神経障害により発声、嚥下、呼吸のうち特に呼吸に対して障害をきたすことで呼吸困難を惹起する疾患です。喉頭麻痺はさまざまな要因で発生すると報告されていますが、最も一般的な原因は高齢の大型犬で見られる、高齢性喉頭麻痺多発神経障害症候群に起因すると海外では報告されています。国内では大型犬の飼育等数が少ないこともありミニチュア・ダックスフントなどの小型犬での発症も多いと言えます。
症状
声の変化(かすれるなど)、えずき、疲れやすい、息が吸いづらい様子がある、呼吸時のひゅうひゅう・ぜいぜい音など。
特に高温多湿環境下や激しい運動時に呼吸困難を呈することがあります。
治療法
喉頭麻痺は基礎疾患によって治療が異なりますが、最も一般的な高齢性喉頭麻痺多発神経障害症候群の場合では根本的な治療はありません。喉頭麻痺に対する治療ではなく。呼吸困難という症状を緩和させるための治療となり、外科治療と外科治療があります。普段の呼吸状態が比較的落ち着いている場合は抗炎症剤の投与や安静、室温管理や運動制限などで経過観察を行う場合もあります。内科治療で改善がない、呼吸困難を繰り返してしまう場合は外科治療をご提案します。片側被裂軟骨側方化術(tie-back術)という片側の喉頭の軟骨(被裂軟骨)に糸をかけて牽引し、気道を広げる手術が最も一般的です。物理的に喉を広げるため、術後合併症として誤嚥性肺炎のリスクが挙げられ、注意は必要ですが、多くの場合で呼吸状態の改善が認められます。また巨大食道症などの併発疾患を有する場合には永久気管切開術という気管に空気孔を作ることで気道を確保する手術を行います。

手術前の喉頭内視鏡と手術後の喉頭内視鏡
術前は喉頭軟骨の不動化が見られ喉頭麻痺と診断
術後左側の披裂軟骨が開いていることがわかる
喉頭麻痺の原因 |
---|
先天性 |
遺伝性 |
喉頭麻痺:ポリニューロパチー複合体 |
偶発的外傷 |
頸部の貫通性外傷 |
絞扼性外傷 |
医原性外傷 |
前胸部外科 |
動静脈開存症/血管輪異常症の整復 |
甲状腺切除/副甲状腺切除 |
気管手術 |
腹側減圧術 |
頸部/胸腔内腫瘍 |
リンパ腫 |
胸腺腫 |
甲状腺癌/異所性甲状腺癌 |
神経筋疾患 |
高齢性喉頭麻痺多発神経障害症候群 |
内分泌疾患(甲状腺機能低下症、副腎皮質機能低下症) |
免疫介在性 |
感染性 |
重症筋無力症 |
多発性筋症 |
全身性エリテマトーデス |
中毒(鉛、有機リン酸塩) |
表:喉頭麻痺の主な原因
一般的な後天性特発性喉頭麻痺は高齢性喉頭麻痺多発性神経障害症候群のこと。
MacPhail CM. Laryngeal Disease in Dogs and Cats: An Update. Vet Clin North Am Small Anim Pract. 50: 295-310, 2020.より引用・改変
中枢気道疾患
気管虚脱
気管虚脱とは気管が変形することで気道が狭くなり呼吸ができなくなる疾患です。正確な原因については不明ですが、遺伝的要因や、二次的要因(肥満、慢性気管支炎、感染など)で気管軟骨の変形が生じ、気管が扁平化します。気管虚脱は無徴候であることも多く、ヨークシャー・テリア、ポメラニアン、トイ・プードル、チワワなどの小型犬種に多く、中高齢(6〜8歳)での発症が最も多いです。
気管虚脱は気管断面の形状によってグレード分類されます。グレード分類は内視鏡検査を用いて行います。

気管虚脱のグレード分類
グレード4は軟骨が気管の内腔に弯曲して変形する W shepeと変形なく狭窄するtraditional shapeに分類される。
症状
気管虚脱において特徴的なgoose honking(ガチョウの鳴き声様の異常呼吸音)が見られます。重篤な場合には呼吸困難となり息が吸えなくなり、チアノーゼを呈し失神することもあります。気管虚脱では咳が特徴的な症状と言われていますが、咳と気管虚脱が無関係なことがほとんどです。
治療法
気管虚脱の治療は上記のgoose honkingの症状が見られるグレード3以上で治療を行います。気管虚脱の根本的な治療は虚脱した気管軟骨を整復する必要があります。気管軟骨の整復には気管外プロテーゼ設置術と期間内ステント設置術の2つがあります。また気管虚脱の急性期には内科治療を行います。内科治療は酸素投与、鎮静剤の投与、ステロイド薬の投与を行います。これらの内科治療により症状が消失したら、ご自宅でハーネスへの変更、体重管理、運動制限などを行い管理していくこともあります。

気管外プロテーゼ設置術
気管の周囲にインプラントを設置することで気管を矯正する方法

気管内ステント設置術
気管内にステントを設置し気管を広げるインターベンション(内視鏡下で行う手術のこと)
犬複合伝染性呼吸器疾患:CIRDC(ケンネルコフ、犬伝染性気管気管支炎)
急性の咳を特徴とする感染症でウイルス感染(犬パラインフルエンザウイルスなど)や細菌感染が原因で生じます。子犬でよく認められますが、成犬、特に免疫力が低下している場合でも発症します。非常に感染力が強いため、直接的な飛沫感染はもちろん、接触した人の手を媒介して感染することもあるため、多頭飼育環境下では注意が必要です。
症状
急性かつ重度の咳が特徴的です。その他にも鼻汁、発熱などの症状も見られることもあることから人の風邪に類似すると言われています。
治療法
元気、食欲があり咳が見られるだけであれば1~2週間で無治療でも自然軽快しますが、ボルデテラ感染症のような感染力の強い細菌による感染では2ヶ月上咳が持続し、まれに慢性化することもあります。元気食欲の低下や湿性咳などが認められる場合は抗菌薬の投与を行います。ネブライザー療法も有効です。

CIRDCと診断した犬のCT画像と気管支鏡画像
CT検査で異常は見られないが気管支鏡ではところどころ気道粘液が見られる
粘液を採取し検査したところ細菌が検出された
末梢気道および肺の疾患
猫喘息
猫喘息とは人の喘息と同じ病態であり、発作性の咳を特徴とする猫のアレルギー性疾患です。花粉やほこり、たばこの煙、消臭剤、柔軟剤などがアレルゲンとして疑われますが、実際に特定することは困難です。
症状
咳、急な呼吸困難、開口呼吸、努力性呼吸。重度の場合は腹式呼吸など。
治療法
換気や環境整備によりアレルゲンが特定できる場合は除去します。薬物療法にはステロイド薬や気管支拡張剤による内科治療を行います。
基本的に生涯付き合っていく疾患であるため、できる限り薬の副作用を出さないよう、吸入療法をご提案しています。

スペーサーを介した吸入薬(pMDI)の投与方法
犬の慢性気管支炎
慢性気管支炎とは2ヶ月以上の咳(粘液を伴う)を特徴とする犬の疾患です。慢性気管支炎では細菌感染が主体となることは少なく、花粉やほこり、たばこの煙、消臭剤、柔軟剤などが原因の1つとして挙げられますが、明らかな発症の原因は解明されていません。
中年齢以上の小型犬(テリア、プードル、コッカー・スパニエル)に多く、日本ではダックスフントも好発犬種です。

慢性気管支炎と診断した犬のCT、気管支肺胞洗浄液および気管支鏡画像
CTおよび気管支鏡では重度の気道内粘液が見られた。
気管支肺胞洗浄液(気道内を生理食塩水で洗浄する処置)を行うと気道内に感染は見られず炎症細胞のみが大量に見られたことから慢性気管支炎と診断した。
症状
慢性的な咳。乾いた咳もあれば湿った咳も認められ、最後に喉に何かひっかかったような仕草(Terminal retch)を示すことがある。その他運動を嫌がる、チアノーゼなど
治療法
ステロイド薬、去痰剤、ネブライザー療法などの内科治療を行います。ネブライザー療法も効果的です。また、肥満は咳や肺機能を悪化させるため、注意が必要です。完治は困難な疾患であるため、悪化要因を減らす治療がとても重要です。
誤嚥性肺炎
誤嚥性肺炎は食べ物や唾液、胃液など本来は胃に運ばれるものが、誤って気道に入ることで肺炎が引き起こされる疾患です。麻酔後、高齢、短頭種、巨大食道症を代表とする食道疾患などさまざまな原因で気道反射が低下することで発生します。誤嚥してしまったものにもよりますが、胃液や食べ物を誤嚥した場合は特に肺障害が強く引き起こされます。

図:誤嚥性肺炎のレントゲン画像とリスク因子について
症状
突然の頻呼吸、咳、発熱、元気食欲低下、チアノーゼなど。
治療法
低酸素血症の場合は酸素投与、感染に対して抗菌薬の投与を行います。およそ90%は内科治療で改善しますが、重度の場合には急性呼吸窮迫症候群に移行することもあり注意が必要な疾患となります。